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『ビトウィン』というエッセイを読んで川上健一なる作家を知った。1977年に小説デビュー、いくつかの青春小説やスポーツ小説を発表しつつも1990年の『雨鱒の川』を最後に、肝臓病プラス自律神経失調症で身体を壊し休筆。その後、山梨県八ヶ岳南麓の村に移り住みボロボロの借家で、嫁と娘と3人で自給自足の貧乏生活を送りながらも、愉快な仲間たちに囲まれて明るく愉快に暮らしているという。
そんな「慢性的手元不如意状態」にある作者のイワナ釣りは、当然趣味やスポーツではなく、家族のおかずを確保するための切実な「狩」ともいえるもの。何せ、「一匹の天然イワナの塩焼きの持つ意味は、豪華ディナーのメニューに優るとも劣らない贅沢品なのである」と言い切るくらいである。しかも家具を買う金は無いけれども時間だけはたっぷりあるため、最初は毎日が日曜大工だったというエピソードも、アッケラカンと乾いたトーンで書かれているので全く悲惨さはない。ポジティブかつ純粋で面白い人である。
さて、そのようなストレスフリーの暮らしを10年も続けているうちに、体調もすっかりよくなって、ようやく執筆への意欲が沸いてきたらしい。なんせ10年ぶりに原稿に向かうので自然と思い入れも格別である。出来上がった日、妻は夜中一人でワープロから打ち出された原稿を見つめ涙を落としたという。ここまで書かれていたら、一体その作品はどんなものなのだろうかと非常に気になってしょうがない。しかも結果的に「本の雑誌が選ぶ2001年度ベスト1」に選ばれ、「第17回坪田譲治文学賞」も獲得したというのだ。
それがこの『翼よいつまでも』である。簡単にいうと、青森県の中学校を舞台とした、野球とビートルズと初恋と友情の、ナイーブで青臭い話なのではあるが、これがたまらなくイイのだ!甘酸っぱい思い出などほとんど存在しなかったこの自分にさえ、主人公・神山君の振る舞いが、そして言葉が痛切に胸に響く。読み終えた後は、真夏の日射しの中で、ひんやりとした渓流に足を踏み入れたかのような清涼感を覚えずにはいられない名作。
ぼくたちは桟橋の先端に並んで座ってサイダーを飲んだ。なにもかもが二人を包みこんでいるような、その夏一番の輝かしい午後だった。
(『翼よいつまでも』より)
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