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スマッシング・パンプキンズ〜ZWANを経て、遂にビリー・コーガンのソロがリリースされた。1991年、スマパンの1stアルバム「Gish」から14年間、ずっとこの男の声を聴き続けているが「Siamese
Dream」そして「Mellon
Collie and the Infinite Sadness」は、今だに聴く度に新たな感動と発見がある。それほどまでにこの2枚のアルバムは素晴しく、自分にとっても思い入れは格別だ。
ライブも三度観に行った。2ndの「Siamese Dream」リリース直後、まさに全世界でブレイク寸前のタイミングでの来日、心斎橋クラブクアトロは揺れに揺れた。爆弾が落とされたかのような凄まじい演奏に、狭いフロアは絶叫&モッシュの嵐。当時のロックシーンの頂点に昇りつめようとしているバンドの、最高潮の勢いがそのまま凝縮されたライブは、今思い出しても鳥肌が立つ。あの小さな空間で体験することができたのは本当にラッキーであった。
その二年後、2枚組の大作「Mellon Collie〜」をリリースしたバンドは関西公演の際、何と尼崎アルカイック・ホールにやって来た。会場はあいにくスタンディングではなく座席指定であったが、前から5列目、ビリー・コーガンのすぐ目の前というとんでもなく良い席をとることができた。このアルバム自体が様々なタイプの曲で構成されていたため、ライブもハードネス一辺倒ではなかったことを考えると、これはこれで幸せだったと思う。そしてこの日のライブも、ある意味忘れられないものとなった。
ライブは2部構成で、第1部は静かな曲を中心としたアコースティック・ライブ。しかもメンバー全員がパジャマ姿という粋な演出。そして第2部がハード&ヘヴィなスマパンならではのライブと、これでもかというほどサービス満点の内容。ところが第2部の確か4〜5曲目あたりで、ちょっとした事件が起こった。
一人の興奮したアメリカ人が警備員の制止を無視して、後方の席から通路の最前列部までおしかけ、ステージの縁にそのまま居座ったのだ。で、その後も度重なる注意を受けるものの全く動こうとしないので、そのうち警備員も諦めてしまった。まぁステージによじ登った訳ではないので、特にその行為自体はライブの進行を妨げたりすることもなかったのだが、この馬鹿外国人を物凄い形相で睨んでいる一人の正義漢がいた。
なんと、いつもニコやかに飄々とした佇まいでギターを弾いていたジェイムス・イハが、演奏中何度もステージ上から睨んでいるである。席が近かったため、その表情までハッキリと見えたのだが、物凄く腹を立てているのがよく分かり、見ているこちらがヒヤヒヤするほどであった。日本語を話せない、まんま日本人のルックスをしたこの日系人ギタリストは、おそらく外国人のこういったマナーの悪さが許せなかったのかもしれない。
一方、ビリーはといえば、特に気にする様子もなく、始終ご機嫌な様子でライブは進められた。この日はもともとホールの2階部のチケットは発売されておらず、その部分には客が入れられていなかったのだが、途中ビリーが「ちょっとライトをつけてよ」と照明さんに告げ、空っぽの2階部に灯りが点けられたのを目にした瞬間、「ハハハッ!マジかよ?」とゲラゲラ笑っていた。
話はイハに戻るが、彼の怒りは遂にアンコールの時に爆発する。本編が終わり、鳴り止まぬ拍手と歓声の中、再びステージに現れたメンバーだったが、イハはステージ中央のビリーのマイクをとるなりそいつを指さして、「とっとと失せろ、このクソアメリカ人!ルールを守りやがれ!」と凄い形相でまくしたてた。そして次にビリーが「ヘイ、何か言えよ」と、おもむろにマイクをゴンッとそいつの前に放り投げる。びびったそのアメリカ人は、何か一言二言、意味不明のジョークを言ってビリーにマイクを放り返した。
その時ビリーが観客に向けて放った言葉が痛々しい。「みんな見たかい?分かるだろ、これがアメリカ人なんだ。そして悲しいことに僕もアメリカ人なんだよ。」と諦めたような笑いを浮かべながら、アンコール一曲目のイントロを弾き始めた。「く〜カッコイイよ、あんた達・・・」私は心の中でそっと涙を流した。そして現在、自分と同じ年に生まれたこの男のソロアルバムに、また心を打たれたのであった。
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