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身も蓋もない言い方をすると、この本はタイトルと書き出しが最高である。
「オレは今でもスウィート過ぎる夢と、センチメンタルなメロディを持っている。どんなに汚れた夜と、逃げ口上の嘘をつこうと、オレにはまだ理想の自分がいる。頭上四十五度の角度から、理想の自分がオレを見ている。そして「どんな気がする?」って聞いてくるんだ。
オレはたまに「そんなこと聞かれたって仕方ないじゃないか!もう大人なんだから」と言い返す。もい一度「大人なんだから!」って強く言ってみるのだが、理想の自分は、ただ黙ってオレの次の行動を見守っている。本当は優しくしたいんだ。オレの周りのすべてのことに。
(はじめに---「青春ノイローゼ、完治せず」)
分かる。分かるぜアニキ。オレもしょっちゅう、こんなのは本当の自分じゃない!と、レスポールをジャーンっとかき鳴らして叫ぶもう一人の自分が頭の中に登場する。それは毒の欠片もない企画書を書いているときとか、客先でニコニコしながらプレゼンしているときとか、地下鉄のラッシュに汗だくになっているときとか、いつだって突然、そしてちょびっとのセンチメンタリズムをもってやって来る。本当の自分なんて最初から無かったというのに。
まったくもって「青春」ってやつはいつ終わったのだろうか。あの頃描いていた理想の自分と、今という現実がぜんぜん違うじゃないか!と思うのは誰しも当然なことではあるがその一方、何かを諦めたからこそ手にできたものも、実はまんざら悪くなかったりもする。それとも頑に自分さえその終わりを認めなければ、いつまでも青春は続いているとも言えるのか。んなアホな。まさにノイローゼ。
大人だったら当然やるべきことをできなかったり、普通の大人は決してやらないことをやったりしてしまう、そんな自分のことを、みうら氏は居酒屋・魚民で飲みながらこう言うらしい。「四十四歳児だから、しゃあないやん」。なるほどそんな言い方もアリか。いやしかし、即効で仕事失くしそうだから、やっぱり一般人は脳内で留めておくのが賢明といえるかも。「オレは今でもスウィート過ぎる夢と、センチメンタルなメロディを持っている。」
ちなみ本書の内容はといえば、随所に青春時代の爆笑ネタ・エロネタ・サブカルネタが満載の、いつもの「みうらじゅん的」自伝エッセイである。
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