マカロニ惑星
平凡パンチドランカー 読んで観て聴いた ホトガラ交差点 一方通行リンク ご意見なら トップ

空っぽのセンチメンタリズム

2006.10.27

ゆらゆら帝国 「空洞です」

ゆらゆら帝国
ゆらゆら帝国
"空洞です"

ゆらゆら帝国
ゆらゆら帝国
"美しい"

ゆらゆら帝国
ゆらゆら帝国
"つぎの夜へ"

既にあらゆる音楽雑誌で絶賛されまくっている、ゆらゆら帝国のニューアルバム『空洞です』。発売前から数多くのインタビューが掲載れていたが、"諦め""空っぽ""反復""サビなし""ギターソロなし""自ら去勢された感じ"というようなキーワードを軸として作り込まれたこの作品、レコーディング中はメンバーとエンジニアで「こりゃひどい」「聴き所なし」という会話が頻繁に交わされていたという。

当然こちらとしては一体どんなアルバムなのだろうかと、聴く前から盛り上がる。だってただの退屈なアルバムを、ゆらゆら帝国が作るわけがないからである。ということで発売日(10/10)前日に手に入れて一曲目、トレモロが深くかかったギターとメロウなサックスに、ほらキタ〜!といきなり後頭部がとれて床に落っこちそうになった。2曲目以降の何かが麻痺したある意味ミニマルテクノ的な展開もたまらない。あえて狙ってこんな空っぽな世界を表現できることが驚異的だ。

そして最後の2曲『ひとりぼっちの人工衛星』と『空洞です』の美しくセンチメンタルな感じときたらもう、己の抱える不安・悲しみ・後悔・やるせなさ等すべてがどうでもよくなるほどに最高である。特に『ひとりぼっちの人工衛星』は、役目を終えた人工衛星が宇宙を漂流していく様を、人工衛星の視点から描いた曲で、それがまた人間だけが持ちえる普遍的な「虚しさ」という感情とリンクしているという傑作。泣ける。

アルバムを通して言えるのは、日本語の発音と語感、それがリズムと絡むときのビートやスピード感、そして一つの曲になったときに浮かび上がる一見意味がないようで、実は同時代性を持ちあわせたリアリティが恐ろしい。シンプルな言葉とサウンドで紡ぎあげられているのに、誰にも似ていないオリジナリティが凄まじい。11月の大阪でのライブ、チケットも確保したし楽しみでしょうがないです。

読んで観て聴いた:目次>>
 
macaroni planetのtopへ