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ズタボロ屋根のアーケード

2004.11.07

ひと月に一回ほど、孫の顔を見せに実家に帰ることがある。実家といっても、尼崎市内を車で北の端から南へ下るだけであって、そこは出屋敷といういかにも「アマ」な下町。どこもかしこも再開発とやらで随分キレイになったが、自分が子供の頃の阪神出屋敷駅前は、それはそれは強烈だった。

雨が降れば、そこらじゅうが水びたしになるズタボロ屋根のアーケードに、立ち呑み屋、ホルモン焼き屋、パチンコ屋が並び、いつも酸えたような匂い(つまりゲロ)が漂っていた。このあたりの雰囲気は車谷長吉の「赤目四十八瀧心中未遂」という本に非常によく書かれているが、まったくそのとおりの光景、というよりもさらに上をいくようなトンデモなさ。しかし不思議と危険な感じがしなかったのが唯一の救いだった。

阪神出屋敷駅の地下の改札から北側階段を上がった正面に、1坪ほどの掘っ建て小屋があり、その中で新聞と雑誌を売っていた婆さんがいた。売り物の新聞はスポーツ紙、雑誌はほとんどがエロ漫画。駅前の名物ともいえるこの婆さんは言葉を上手く話すことができず、よく酔っぱらいに小屋の中から素っ頓狂な声をあげては、身振り手振りで声をかけていた。しかも常にニヤニヤとおかしな笑顔を浮かべていたため、小学生の自分にはその姿があまりに異様で、とても怖かったのを憶えている。

また、駅の周辺には何の事務所が入っているのか分からないような雑居ビルや、チンピラ・浮浪者が根城とする百円アパートが結構あった。それらの建物は大抵、入り口の横の薄暗い階段をのぼっていくと、その先にはさらに暗い漆黒の空間が待っており、一度足を踏み入れると二度と帰って来れないような気がして、どうしても上階へとは探検できなかった。

こうした駅前の姿は、昭和57年頃の再開発とともに次第に消えていき、得体の知れない人間や建物は、今ではもうどこにも見あたらない。そして結局、よくあるようなマンションと、寂れたダイエーが残されただけという、かえって殺風景で味気のない姿になってしまった。あの婆さんはどこで最期を迎えたのだろうか。

  子供の頃からこの店が開いていた記憶はほとんどない。  
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