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先日、久しぶりに昔の友人タツヒコと会った。彼とは10年以上前、京都で打ち込み系の音楽を一緒に作っていたことがあり、その当時無謀にも出来上がったデモテープを、ロンドンにあるあのCreationレーベルまで持ち込みに行った。RIDEのシングルCDの裏面に記載されていた住所を頼りに、地下鉄とバスを乗り継いで到着した街は、何の変哲もない郊外の寂れた住宅街。しかも季節は冬の12月で歩く二人の息も真っ白である。
やっとこさ見つけ出したアパートには、目印の一つもなかったが、半信半疑で階段を上がっていくと、ようやく小さな紙切れのような表札を発見。ベルを押してインターフォン越しに日本からデモテープを持ってきた旨を伝えると、しばらくしてから無愛想な金髪の女性がドア越しに顔を出し、「郵便で送ってよねっ!」と怒りながらテープを私の手から奪い取り、速攻でドアを閉められた。(無論その後の連絡がなかったのは言うまでもない。)
何だかなぁとタツヒコとぼやきつつトボトボ歩いていると、一軒の庶民的な食堂を発見、そこでハムエッグなどの遅い朝食をとった。客は一人もおらず、その街の「終わっている感」がそのままでているような質素な店であったが、お爺さんのマスターがカップに並々と注いでくれた濃厚なミルクティーの味は今でも忘れられない。確か値段も日本円にして百円ほどと、ロンドンの中心部と比べて格段に安かったのも感激であったが、冷え切った身体にゆっくりと沁み込んでいく温かさが何よりも嬉しかった。
時は流れて現在。昔のように相変わらず彼とは音楽談義で花が咲く。今年のサマソニの面子はさすがに行きたくなる、ブロックパーティーのアルバムには感動した、オウテカのライブが真っ暗の中行われてキツかった等。そして、もうこの歳になると周りのかつての音楽好きも、ほとんどが興味を無くしてしまって、話ができる人間がいなくなったな、寂しいなと、お互い同じ意見に辿りついた。そう、自分の周りを見回してもマニアックな奴が本当にいなくなってしまったのである。
誰でもある程度年齢を重ねると、現実の生活がまず優先されるようになるのは自然なこと。いくら音楽や本が好きで詳しくても、それは何の利益(お金)も生み出さないからだ。家や車のローン、子供の教育のことを前にしては、当たり前だがロックは何の解決にもならない。実際のところ、結局いつまでも音楽や本や漫画に感動している自分は、全くお金が貯まらないしね。でも好きなんだからしょうがないか、むしろ世の中の様々なカルチャーを理解することができて幸せだなぁと、これはもう諦めましたよ、家族には申し訳ないけど....。たぶん私は、あの全身に鳥肌が立つ瞬間や、想像力が無限に膨らむ瞬間が無いと生きていけない生き物なのだ。
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