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日曜の昼さがり、久しぶりに何する気力も沸いてこずゴロゴロしていると、ふと突然、風呂屋へ行きたくなった。関東でいうところの銭湯。幸いちょっと離れたところに、普通の風呂屋なのになぜか馬鹿デカイ駐車場を完備して朝から営業しているところがあるので、洗面器や着替えなどを用意して一人で向かった。ひとしきり熱いお湯につかって出る頃には、身体が芯からポカポカと温まり、何ともいえず惚けた気分になった。ギャグのように狭いウチの風呂とは大違いだわ。
小学生高学年の頃、実家に風呂はあったが風呂屋にはとにかくよく行った。当時、周囲には家に風呂が無かった友人が多く、いつも彼らと晩飯後の夜8時とかに待ち合わせの約束をして、親から百円玉一枚をもらい家を出る。なんせ風呂屋に行くことを理由に夜遊べるのが楽しくてしょうがなかった。風呂とはいっても、スーパーカー消しゴムや、筋肉マン消しゴムとかも持っていくので、半分は遊びに行くようなものなのである。
住んでいた尼崎南部の下町は、今から考えるとスラムといえるぐらい無茶苦茶な地域であったが、今のように子供が危険な目に遭うようなことはまずなかった。あってもカツあげぐらいのものである。しかし当然ながらバイオレンス溢れる人種も多かったため、どこの風呂屋にも刺青だらけの人や、小指の無い人が当たり前のようにいた。
よく隣で身体を洗っているそんなお方に、「おい坊主、背中洗ってくれや」と言われたりした。もちろん断ることなどできるわけはなく、友人と背中一面の恐ろしげな紋々を眺めながらゴシゴシと洗うのであるが、別にそれはそれでよくある光景でもあった。また、いつも同じ風呂屋だと飽きてくるので、みんなで自転車に乗って校区外まで遠征したりもした。
初めて行く風呂屋は、完全なるアウェイなのですごく緊張する。そこにいる同じ歳くらいの小学生たちは、当然学校も違うし知らない顔ばかりで、どいつもこいつもやけにイカツク見えたものだった。友人の噂では、特に柄の悪い地域では11時頃になると毎夜、不良中学生グループが剃刀の投げ合いを繰り広げたりしていたそうである。さすがにそんな修羅たちには遭遇したくはなかったとですよ。
とはいえこの今という時代と較べると、平和でのどかな時代だったと言える。勝ち組だとか負け組だとか、そんな意味不明の言葉なんて無かったしね。そうそう、久しぶりの風呂屋、大きな鏡で見る自分の大きなお腹に愕然とした。お腹へこましチ○ポ隠さず。わずかばかりのプライドを保つため、ずっと腹筋に意識を集中させていたのであった。
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