| 先日、テレビで鈍行列車の旅みたいな番組を家族で観ていたら、新幹線以外の列車で大阪から東京まで行ったらどれくらい安くなるの?というような会話になり、自分は中学生の頃、一度鈍行や急行を乗り継いで東京まで行ったことがあったので、「あれはしんどいぞ〜。安くはなるけど絶対やめておいた方がいい。」と答えた。しかし答えたはなから、ハテ?確かに行ったけどどんなだっけ、と全くその旅の途中のことが思い出せない。
経験したということだけはかろうじて憶えているのだが、何回ほど乗り換えをしたのかとか、どんな景色が印象に残ったのかとか、何ひとつ思い出せない。そうやって考えているうちに挙句は、本当に自分が経験したのかどうかすら怪しくなってきた。いやいや、絶対に俺は行ったぞ!しかし…う〜ん、と頭の中で古ぼけた記憶がグルグルと回り続ける。人間が記憶できる量はある一定のところに達すると、それ以上は新しいものが増えるたびに、古いものはどんどん消去されていくのだろうか。
最近、昔のことを思い出そうとすると同じようなことが多くなった。必死に呼び起こそうとする記憶が、本当に自分が経験したことなのか、いつかの映画で観たシーンなのか、本で読んだ描写なのか、はたまた人から聞いた他人の経験なのかが、ふと分からなくなる。あの場所へは確かに行ったことがあるはず、あの台詞は自分が口にしたはず。でもそれはひょっとして他から得たイメージを無意識のうちに同化しているだけじゃ…なんてことばかりだ。
それは、今この瞬間の生活と地続きになっている昔の出来事が、あまりにも少ないからなのだろうか。人はあまりにも多くのことを捨てながら、忘れ去りながら生きている。そうしないと前へ進むことが出来ない、ということをみな本能的に実行している。でもそれって進んだ気になっているだけで、実は同じところで足踏みしているだけなのではとも思ったりする。そして結局、なにか掛け替えのないものを失くしたんじゃなかろうか俺って!と意味もなく焦燥感。 |