| 昔、毎日のように遊んでいた地元・尼崎の友人たちと、かなり久しぶりに集合。大いに笑い騒いで家に帰ったら4時だった。最近は0時を過ぎると自動的に眠くなるヤワな身体になっていたというのに、この日ばかりは底無しに楽しかったせいか、まったくというほど疲れも眠気も感じない。それぞれが家庭を持って、もう若い頃のように集まることは滅多に無くなったとはいえ、やっぱり昔の仲間は最高だ。
翌日、ちょうど一年前に亡くなった別の友人の墓参りへ家族で行った。六甲山の麓にある住吉霊園は広いうえに、墓の場所を何となくしか聞いていなかったので、なかなか見つけることが出来なかったが、家族3人で手分けして探し、つい最近誰かが来たのであろう、わりと新しい花が供えられた彼の墓を見つけることができた。墓前にラッキーストライクとキリンビールを置いて合掌。
いまでも訃報を聞いたあの時のことを思い出すと、すぐに涙が込み上げてくる。彼は大好きだった母と同じ墓の中で安らかに眠っているのだろうか。深夜、息子が部活の謹慎処分を受けた際の罰として先生に向けて毎日書いている反省日記を、カミさんがこっそり見せてくれた。今日家族で墓参りに行ったこと、そして一年前の、友達が死んだという連絡を聞いたときのお父さんの泣く姿が忘れられない、と書いてあった。
それはそうだろう、自分でも物心ついてからあんなに号泣した記憶はない。しかしこの先、どうなのか。当たり前のように自分も友人もみんな歳をとる。病気もすれば事故にあうこともあるかもしれない。親もかなり高齢になってきた。この先は、別れること失うことばかりなのだろうか。悲観的になるわけではないが、40ともなれば自然とある程度様々なことへの覚悟を決めて生きていく必要がある気がする。と、躁と鬱の間を行き来した2日間だった。 |